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徳島地方裁判所 昭和44年(行ウ)2号 判決

原告 南原虎雄

被告 鳴門税務署長

訴訟代理人 高須要子 外六名

主文

一  被告が原告に対し、訴外有限会社恵美寿の滞納にかかる昭和四〇年度の法人税、源泉所得税ならびにこれらの加算税合計額六、〇四九、五五八円のうち、五、二八一、六〇八円(異議申立に対する決定により一部取消されたのちのもの)について昭和四一年七月七日付納付通知書によつて原告を第二次納税義務者としてなした納付告知処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし4の事実は原告が訴外会社の滞納国税につき第二次納税義務を負担するか否かの点を除き当事者間に争いない。

二  したがつて本件処分が適法か否かは原告が法三九条に定める第二次納税義務を負担するか否かにかかるところ、同条は〈1〉滞納者の国税につき滞納処分を執行しても、なおその徴収すべき額に不足すると認められ、〈2〉その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の一年前の日以後に、滞納者がなしたその財産の無償譲渡等第三者に利益を与える処分に基因すると認められるとき、〈3〉右処分により権利を取得し、又は義務を免れた第三者は、右処分により受けた利益が現存する限度(特殊関係者であるときは、右処分により利益を受けた限度)で、前記不足すると認められる額を限度として滞納国税の第二次納税義務を負担する旨定める。本件においては訴外会社が昭和四一年七月七日当時倒産してその滞納税金を支払う資力がなかつたことは、前記のとおり当事者間に争いがないから、〈1〉の要件が充足されることは明らかである。よつて以下その余の要件について順次検討することとする。

三  (訴外会社の財産の原告への無償譲渡(贈与)について)

被告は、原告が訴外会社に帰属する別表(三)記載の本件定期預金を別表(二)記載の原告の本件借入金の支払いにあてることにより訴外会社から財産の贈与を受けた旨主張するので、この点につきまず判断することとする。

1  原告又は訴外会社(いずれであるかはしばらくおく。)が別表(二)記載のとおりの架空名義で香川相互から合計七五〇万円の手形借入り債務(本件借入金)を負担していたこと、同(三)記載のとおりの名義で香川相互に対し定期預金債権(本件定期預金)を有していたこと、被告主張の日に右定期預金を解約してその元利金を本件借入金の返済に充当したこと、右定期預金の発生、継続の状況が別表(四)記載のとおりで、その利息の算出方法が別表(三)の同欄記載のとおりであること、被告主張の五口の普通預金が存在したこと、昭和三八年三月二八日西本茂名義普通預金から五〇万円が同人名義の同額の定期預金に振替えられたことはいずれも当事者間に争いない。

2  右争いのない事実に〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  訴外会社は原告とその妻の南原和栄の二人のみを社員とする同族会社で、原告がその代表取締役で、和栄がその取締役である。設立当初は、原告が月五万円、和栄が月一万円、昭和四〇年頃は原告が月一〇万円、和栄が月五万円、その間に原告は別に報酬として一回だけ五〇万円得たことがあつたが、原告と和栄には右役員収入のほか別段の収入はなかつた。

(二)  訴外会社の営業当時、原告は有限会社恵美寿、南原虎雄、浜田寿一郎、西本茂、才義行名義(その資金源が訴外会社の営業収入か原告個人の収入であるかの点はしばらくおく。以下本件五口の普通預金という。)で香川相互に普通預金をしており(別に訴外会社か原告か南原和栄に帰属するか不明なものとして南原和栄名義の普通預金がある)訴外会社設立以後昭和四四年九月までの右六名義の月毎の入金状況は別表(五)記載のとおりである。南原和栄名義を除く五口の普通預金の入金状況は、ほぼ数日おきに大部分が数万ないし数千万円に端数のついた金で預金されている。そして、訴外会社の設立された昭和三六年四月四日から本件定期預金のうち時期的に最も遅く発生した山本清名義の預金の発生日たる昭和三九年三月一四日までの間だけでも右五口の普通預金の預金の合計は三九、三四四、三二六円の巨額に達する。

(三)  原告自身が昭和四〇年六月二一日付法人税の異議申立書〈証拠省略〉において浜田寿一郎、南原虎雄(ただし、訴外会社設立当時南原虎雄の普通預金には二〇四、六三四円の残高があり、これは原告の財産と考えられるが、昭和三六年一二月の解約当時存した一五〇、八〇七円の残額は名義からして原告が受取つたと思われ、この間の預金の預け入れはほぼ訴外会社の営業収入を資金源とするものと考えられる)名義の普通預金が訴外会社の財産であることを認めている。又、浜田寿一郎名義の普通預金が昭和三七年一一月一日解約され、総額六九四、七〇七円が払出されているが、これと同額が同日および翌日に西本茂名義の普通預金に入金されて同人名義の普通預金が新規に発生している。

(四)  右五口の普通預金よりの払出日、払出金額と本件定期預金との発生又は追加の日時、金額をしさいに対照してみると、別表(四)記載のとおり右五口の普通預金の払出日、払出金額とほぼ一致する日時、金額で本件定期預金が発生し又は増額されているのが相当あり、本件定期預金の大部分は右五口の普通預金より振替えられたものであると推認される。もつとも昭和三六年九月二九日発生の佐野信一郎、同額田健太郎名義の各三〇万円の定期預金は訴外会社設立以前から原告が浜田信之名義で香川相互に対しなしていた相互掛金六一万二、五〇〇円及び八万円の一部を振替えたものと認められる(原告もこれに沿う主張をなし、被告も佐野信一郎、額田健太郎名義の定期預金のうち各三〇万円については訴外会社の財産に帰属しないものとして計算している。)。

(五)  訴外会社は香川相互から別表(七)記載の番号1ないし4(同5は原告が借りたもの)を相互掛金給付金、手形貸付の方法によつて、合計九、二四六、四二〇円の借入金債務を負つていたが、訴外会社と原告が同表の返済年月日欄記載のとおり弁済した。ところで、昭和四〇年三月三一日付の訴外会社の貸借対照表によれば、当時の訴外会社の借入金は一、一一〇万円であつた。

3(一)  右認定の諸事情すなわち訴外会社の実態、同会社設立後の原告とその妻の収入状況、本件五口の普通預金の入金状況(入金日の間隔、一度の入金額)、原告自身が右普通預金のうち南原虎雄、浜田寿一郎名義のものは訴外会社の財産であることを認めており、訴外会社名義のものは名義自体から同会社の財産であり、西本茂名義のものは前記浜田寿一郎の普通預金を引継いだものと認められること等をあわせ考えれば、本件五口の普通預金は訴外会社のパチンコ営業による日々の収入金を原告が五口の名義に分けて入金したもの、すなわち実質的には訴外会社の財産と認めるのが相当である。

(二)  また、前示(四)の事実によれば、本件定期預金のうち別表(四)記載の番号4、7ないし15、17ないし22の預金は、同表記載のように訴外会社の営業収入金を預金したとみられる右五口の普通預金から振替えられたと推認されるので、訴外会社の財産とみるのが相当であり、同番号16、23、24の預金は右のように推認できる具体的事情はみあたらないが、いずれも訴外会社設立後一年九か月後に発生したものであるうえ、原告とその妻和栄には訴外会社からの前記役員収入以外は別段の収入もなかつたのであるから、これまた訴外会社の財産とみるのが相当であるが、同番号1(伊藤和栄名義)ないし3、5、6の預金はいずれも訴外会社設立後一〇か月以内に発生したもので、原告の個人営業時代の収益金(〈証拠省略〉によれば、原告は個人営業時代に店舗等を売却処分し、訴外会社設立当時も相当の預金残高を有していたことが認められる。)が預入れられたと考えられる余地がある(〈証拠省略〉によれば、訴外会社成立前から伊藤和栄名義の定期預金三〇万円があつたことが認められる。)ので、にわかに訴外会社の財産とは認め難い。また、同番号2、3の定期預金は、昭和三六年九月二九日浜田清之名義の相互掛金から振替えられたものであること、右相互掛金は訴外会社成立前から原告が浜田清之名義で積立てていた掛金であることは、前記認定のとおりであるから訴外会社の財産でないことは明らかである。

従つて、本件定期預金のうち訴外会社に帰属すると認められる部分の預金額は、別表(3) 記載の訴外会社に帰属すると認められる部分の裁判所の認定欄記載のとおりとなる。そして、本件定期預金の発生、継続の状況、利息の算出方法は当事者間に争いないので、本件定期預金の利息は別表(3) の本件定期預金の明細の利息欄記載のとおりとなり、これを基にして訴外会社に帰属すると認められる部分の利息を計算すると同表の裁判所認定の利息欄記載のとおりとなる。結局、本件定期預金中六、三一五、三〇四円が訴外会社の財産に帰属することとなる。

4  本件借入金は原告が架空名義で借入れているため訴外会社の代表者として借入れたものか原告個人のため借入れたか明らかでないが、前記認定事実によれば、訴外会社の昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度の貸借対照表では当時の訴外会社の借入金が一、一一〇万円となつており、当時訴外会社は他に同会社名義で香川相互から相互掛金給付又は貸付合計九、二四六、四二〇円(別にある南原虎雄名義の一〇〇万円の借入金も借入期間等からして右貸借対照表中の借入金に含まれていると推測される)の給付又は貸付を受けていることが認められ、この事実に当時の訴外会社貸借対照表〈証拠省略〉にも本件借入金の記載がないことをあわせ考えると、後記認定のように本件借入金が訴外会社のために使用された事情があるとはいえ、本件借入金は原告個人が架空名義を使用して借入れたとみるのが相当である。

5  そうすると、原告個人の借入金七五〇万円の支払いのために、訴外会社に帰属する本件定期預金の相当部分六、三一五、三〇四円が充てられたことになり、同額が訴外会社から原告へ贈与されたことになる。

6  (原告から訴外会社への財産の無償譲渡について)

訴外会社が香川相互より別表(七)記載の番号1ないし4の計九、二四六、四二〇円の借入金債務を負い、原告と訴外会社が同表の返済年月日欄のとおり弁済したことは前記認定のとおりであるところ被告主張のとおり(事実欄第三の(二))、原告が個人に帰属する一、四一六、五九八円の財産を以て右弁済の一部に充てたこと(右事実は被告に不利な事実であるが、本件処分の違法性を理由づける一事実であるから、被告に主張立証責任がある。)は原告の明らかに争わないところであるから同額が原告から訴外会社へ贈与されたといわねばならない。

7  従つて、訴外会社から原告へ六、三一五、三〇四円が贈与され、逆に原告から訴外会社へ一、四一六、五九九円贈与されたことになるから、結局訴外会社から原告へ四、八九八、七〇五円の財産の贈与(以下本件贈与という。)がなされたことになる。

四  次に、右贈与が法定納期限の一年前の日以後であるか否かの点につき検討する。

訴外会社の前記滞納税金の内訳が別表(九)の税目、課税事業年度または課税月欄記載のとおりであることは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そして法三九条に定める法定納期限は、各税法において租税を納付すべき本来の期限として一般的に定められているもものをいうから、本件についていえば法人税については事業年度終了後二月に相当する日(法人税法七七条、七四条)、源泉徴収の所得税については徴収の日の翌月一〇日(所得税法一八三条)となり、別表(九)の法定納期限欄記載のとおりであることは明らかである(原告主張の納期限は、確定した納税義務について個別的、具体的に存在する納期限すなわち具体的納期限で法三九条にいう法定納期限にあたらない)。

そこで、右贈与の時点につき検討するに、訴外会社は原告とその妻である南原和栄の二人のみを社員とするいわゆる同族会社であり原告がその代表取締役であること、本件定期預金は架空人名義でなされていることは前示のとおりであり、訴外会社の財産を保管管理すべき職責を有する原告が本件定期預金のように架空人名義で訴外会社の営業収入金を預金した場合、未だ客観的、外形的に贈与の意思が表示されたとは認め難いから、右預金をした時点をもつて訴外会社から原告に贈与があつたと認めるのは相当でなく、現実に本件定期預金を解約して原告の本件借入金の債務の弁済に充てた時点をもつて贈与があつたと解するのが相当である。従つて、香川相互が本件定期預金を別表(三)の解約年月日欄記載のとおり解約して本件借入金の弁済に充てたことは前記認定のとおりであるから、右年月日欄記載のとおり訴外会社から原告へ贈与があつたことになる。

そうすると、法定納期限の一番遅い日が昭和三九年六月一〇日であり、右贈与の一番早い日が昭和三九年一一月一二日であるから、右贈与はいずれも法定納期限の一年前の日以後であることが明らかである。

五  次に原告が右贈与により利益を受けているか否かの点につき検討する。

被告は、本件店舗の新築、開店の諸費用中、建物の建築費が四〇〇ないし五〇〇万円で、その他の機械、備品等は分割払いの約束であつたところ、本件店舗敷地所有者の大井善吉が二三〇万円を訴外会社に支払うかわりに本件店舗の所有権を取得するとの約束のもとに訴外会社が本件店舗を建築したので、訴外会社が当時実際に支出したのは二〇〇ないし三〇〇万円であり、その頃までの訴外会社の営業は順調で、当時の訴外会社の借入金一、一一〇万円の一部でその費用をまかなうのに十分であり、本件借入金は本件居宅建築総費用九〇〇万ないし一、〇〇〇万円の費用の一部としてすべて使用されたと主張し、〈証拠省略〉には右主張に符合する記載ないし供述部分があるけれども、後記認定事実に照らすと信用できない。

すなわち、〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和三九年六月頃香川相互の仲介で大井善吉から本件店舗敷地とその地上建物を訴外会社のため月五万円で賃借することにしたが、当時右建物は老朽化しパチンコ店にふさわしくなかつたので、訴外会社が全部費用を負担してまず右建物を取りこわし、その後へ本件店舗を新築し、大井善吉に右店舗を贈与する代りに、同人から訴外会社が右店舗を賃借する形をとることになつた。本件店舗は当初昭和三九年九月か一〇月頃完成の予定であつたところ、工事が遅れ、建物の外形は同年一二月頃完成し、その後追加工事や店内の設備がなされ、訴外会社は昭和四〇年三月初め頃から本件店舗で営業をはじめたが、ちようどその頃脱税の疑いで鳴門税務署から調査されたこと等もあつて客の入りが悪く、営業開始後一五日位で倒産してしまつた。訴外会社は本件店舗の建築工事については、数藤芳一に依頼し、建築費用として同人に、昭和三九年九月一〇日に二〇〇万円、同年一一月一八日に二五〇万円、昭和四〇年三月二〇日に一〇〇万円を、昭和三九年一二月三一日開発外之に対し鉄骨代金として九〇万円、左官代金として安部定幸に一一万円をそれぞれ支払つた。また、訴外会社は右工事期間中パチンコ等の機械代として金田商会に対し、昭和三九年八月一二日に一二〇万円、同年一一月一六日に五〇万円をそれぞれ支払い、さらに本件店舗内の冷暖房装置費用として東和工業株式会社に一三四万円(ただし昭和四〇年一月から同年一一月までの月賦)、パチンコ機械付属品代として新星商事株式会社に金一五四万四、八四〇円(ただし昭和三九年一一月より毎月二〇万円ずつの月賦)の債務を負担したが、右債務は倒産後目的物を引取つてもらつて清算した。

(二)  他方、原告は昭和三八年一〇月頃本件居宅敷地を買入れていたが、昭和三九年九月か一〇月頃本件店舗の建築と並行して本件居宅を建築することにし、同じ請負業者である数藤芳一に右建築を依頼した。右居宅は本件店舗より少し遅れて完成し、昭和四〇年五月二九日所有権保存登記をしたが、その総費用が約六〇〇万円かかつた。原告は本件居宅建築費用に充てるため株式会社阿波銀行鳴門支店から本件居宅に抵当権を設定して、昭和三九年一二月三一日に一〇〇万円、昭和四〇年三月一五日に二〇〇万円をそれぞれ借入れ、同年六月一日右二口の債務をまとめてその抵当権設定登記をし、香川相互から同年六月二八日本件居宅に抵当権を設定して三〇〇万円を、同年七月一〇日本件居宅、家具、調度品を譲渡担保にして三〇〇万円をそれぞれ借入れ、その頃本件居宅の建築ないしは付属施設費用として支払つた。ところで、原告は右阿波銀行からの三〇〇万円の債務は約定どおり昭和四四年一二月三一日までに分割弁済したが、昭和四〇年七月一〇日香川相互から借りた三〇〇万円の債務は昭和四三年八月三一日までに分割弁済する約定であつたが、そのとおりには支払えず、昭和四七年七月一二日当時二五〇万円の債務が残つていた。

以上認定の事実からすれば、本件居宅建築費用は、本件借入金とは別の原告個人の銀行借入金によりまかなわれたものというべく、従つて本件借入金は本件居宅建築費用には使用されなかつたといわざるをえず、一方原告本人尋問の結果に本件借入金の借入日と前記本件店舗建築代金等の支払日時を対照考究すれば別表(二)記載のとおり、昭和三九年八月一二日佐野信一郎名義による借入金一五〇万円中一二〇万円が同日金田商会へ、同年九月九日阿部真太郎名義による借入金二〇〇万円が翌日数藤芳一へ、同年一一月一六日山本清名義による借入金が翌々日数藤芳一への各支払いに充てられたものと推認されるから、本件借入金七五〇万円中、少なくとも五七〇万円は訴外会社の本件店舗の建築およびパチンコ機械の費用に使用されたものといわねばならない。

従つて、原告は本件贈与四、八九八、七〇五円を越える五七〇万円を訴外会社の本件店舗の建築等の費用に使用したことになり、実質的には原告は右贈与による利益を受けなかつたことになる。

六  そうすると、被告が国税徴収法三九条により原告に対してなした本件処分は、同条に規定する第二次納税義務の要件を欠くものに対しなした告知処分として違法でありその取消を免れないので、原告の本訴請求は理由があるから正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 早井博昭 横田勝年 富田守勝)

別表(一)ないし(一〇)〈省略〉

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